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だ、駄文

二次創作のくだらない駄文置き場
2024
11,27

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2007
06,03

     『王子という名の下に』 

 貴方がいない世界で貴方の事をいつも考えていた。一分、一秒たりともあなたを考えていない日はなかった。
 貴方のことを考えすぎて換生を無駄にする自傷行為をやってしまうこともあった。貴方がいない世界に意味がない。存在を消してしまいたくて。死んでもその先に無の世界があるわけではないと知っておきながら、あなたがもっとも嫌う行為と知りながら、自分を傷つける行為は止められなかった。貴方という存在は俺の前に常にあって俺を押し潰す存在であったけれど、貴方の存在がない現在、貴方が俺にどれだけの存在理由を与えていたかを知った。貴方がいない世界では俺は窒息死する。貴方のいない世界でもがき苦しみながら死ぬぐらいなら、いっそ一思いに死に絶えようと――……。
 だけど、
 天はそれを許さない。もがき苦しんで死ねと啓示する。俺一人だけの問題ならば……。こんな俺にどうしてこんな優しい家族を与えた? どうして人間はそう簡単に人間を見限らない……? 必死で俺の自傷行為を止める家族。現実に意識が浮上すれば、愛してくれる皆が憂う目で俺を見ていて――、
 ……申し訳ない気持ちで項垂れるしかなかった。
 家族にも貴方にも申し訳なくて胸が詰まる。
 貴方が愛した存在が目の前に家族として存在して。その存在の優しさに、己の贖罪に苛まれて俺はどんどんと動けなくなる。
 あなたが存在しない世界なんて俺はいらない。
 そう思うのに――、

 ――好きにしろよ。

 それは突然、俺の前に出現した。
 貴方以外で今更挑発されるなんて考えてもみなかった。
 けれど、その存在が俺のなけなしのプライドに火を点けた。もしかしなくともその人物に挑発の意図はなかったかもしれないが、その時なぜか負けられないと思った。他人の生き様に口出しするようなマネをする人間ではないと知っていながら、俺の本能はその存在に警鐘を打ち鳴らした。
 うつむき加減の角度は眼鏡にうまく光を反射させて、その瞳を隠している――能面な表情というのだろう。
 だが、能面な表情は見る人の感情によって異なる。見る人の感情を反映すると言っても過言ではない。
 現に彼は、その一言だけで、ただ立っているだけだというのに。
 呆れるほどに俺の感情を揺さぶった。
 指図されるのを嫌う彼は仲間とは馴れ合わず、本当にあきれるほどに好き勝手に生きていたと思う。仲間であるはずなのに、深く係わらないスタンスをとっていて――……それでも、あの人は――。
 解っている。俺の中で荒れ狂う感情の正体なんて。怒りをぶつける矛先が間違っていることなんて。それがアイツと俺の力の差だということも。俺がライバル視していてもアイツがまったくそのことを意に介していないことも。
 だけど、止めないと言いつつ、その唇に乗せる嘲笑はなんだ?
 たとえ彼が己の感情を移す鏡であったとしても、明らかに彼は嘲笑っていた。その泰然とした瞳とともに――。
 お前に何が解る! と詰ってやりたかった。けれど、それができなかったのは何を言ってもどうやっても、言い訳にしかならないと解っていたからだ。彼が正しい。きっと何かを発すれば一の言葉に対して十の言葉が返ってくることだろう。
 目の前の脅威は高みから俺を見下ろしている。静かにただこちらを見ているのだ。
 その存在は衝動的に自傷行為に走ろうとした俺には眩しかった。
 良く貴方は彼を叱っていたけど、ふとした瞬間、とても眩しく彼を見ていましたよね……。
 その時、俺がどんな心地でいたか知っていますか。
 どれだけ彼を羨んだか、嫉妬したか解りますか。
 何にも囚われない自由を手にしたその姿を貴方に見せたくなかった。
 その生きる巧さに目を奪われる必要なんてないと心中で何度思ったか。
 貴方の視線を奪うその存在自体がどれだけ憎らしかったか。
 けれど、今なら貴方がその時思っていたことがよく分かる。
 どうしてあれだけ貴方が憧憬にも近く、憧れて眺めていたのかを。
 世界に窒息しそうだったのですね。あなたも。今の俺のように。
 だから、あんなにも貴方は彼を眩しく思ったのですね。
 今、俺も貴方と同じようにそうだから――。
 だから、
 だから、現在なら理解できる。
 極彩色のカーペットを当然とばかりに踏みつけてに存在る姿は鮮やかで俺も目を奪われたから――。




 そして、世界は彼中心に動き出す。
 いない貴方の穴を彼が埋めているわけでもないのに、誰もが彼へと視線をやって安堵の息を漏らす。
 まだ希望の光は捨てなくてもいい、とそっと胸を撫で下ろしているようでもあった。そこに日常があるのだと確認をして、気持ちを落ち着かせようとしているのか。少なくとも直江にはそう思えた。
 貴方がいなくても日常はやってきて四季は巡るのだと確認して、絶望の中で希望を繋いで……。
 本人が望まなくとも、否が応でも世界は彼中心で動き出していた。貴方のいない苦しい時間を誰もが彼に希望を見て望んでいる。
 だが、しかし、かくいう当の本人はと言うと――、
「な、なんだ……?」
 ――意を解してないようである。もしくは敢えて無視しているのかもしれない。きっとそれが彼の強みなのかもしれない。
 ……これは……。
 色部はビデオで撮ることも忘れ、呆然と千秋が王子を演じる劇「眠り姫」を眺めていた。隣に座る直江も色部と同じように呆然とその劇を見ていた。
 扮する眠り姫が――五人、いた。……この状況をどう受け取っていいのか。
 昔からの人間である色部は勿論、小学校にまともに通わなかった今時のご時勢に疎い直江にも理解しがたい事態が繰り広げられていた。
 「眠り姫」という童話は、十五歳になると紡ぎ針に指を刺して死んでしまう呪いをかけられて姫が百年の眠りと引き換えに死を回避し、百年後、王子の口付けで目が覚めるという物語である。眠る姫が五人も六人もいる物語ではない。
 一体どういうわけか、すでに童話の世界から抜け出てしまったこの演劇は何処に向かっていく気なのだろうか……?
《……なに二人ともぼけっとしてるのよ》
 あきれていることを隠しもしない綾子の思念波が直江と色部の脳に響いた。
《……綾子》
 驚くなというほうが無理であると直江はこれから登場してくるだろう少年を思い出して、頬がぴくりと揺れる。
《……このご時世、桃から生まれてくるのはたくさんの桃太郎だなんてことはよくある話なのよ》
《しかし、お前の劇では、姫が二人も三人もいなかっただろう!?》
《ふふ……私の魅力にヤラれたのは一人や二人じゃないわよ~?》
 綾子のクラスがやった劇は「かぐや姫」。かぐや姫に求婚を求める殿方に立候補が大勢出ても困ることはなかった。だから、まともな演劇になったし、綾子の美貌にて他に立候補者を出さず成功の元になったのだ。
 同じく千秋の姉・菜摘のクラスも「シンデレラ」をやったが、菜摘以外に主役をやりたい子が現れず、それが成功のもっととなった。いかんせん千秋のクラスのアイドルは少女ではなく、少年だった。
「どうするつもりなんだ……? 長秀は……」
 改めて直江は舞台へと視線をやった。
 今日は明日の調伏旅行のためにわざわざ千秋たちの住む地域へとやってきていたのだ。
『おお! 私の麗しの姫はいずこに眠る!?』
 堂々と登場した千秋は、小柄ながらも王子な格好が良く似合っていた。
『ここに眠っていたのですね。オーロラ姫!』
 大仰に身振り手振りをして少し下手な役者を演じていることが長年の付き合いの色部や直江にはよく分かって、顔を見合わせた。
『しかし、眠り姫のなんて多きことか!』
 満更でもない千秋の表情……。
 人生楽しんでます! とばかりのその顔に直江と色部は緊張と脱力を同時に味わった。
 眠る姫君たちもおおよそ血色が良く、王子の接吻を待ちわびていて嬉々としたオーラが充満していた。
『どの姫もお美しい!』
「…………」
「…………」
 勿論、その台詞は演技のうちであり、本気で千秋が思っているかなんて千秋のみぞ知る……が、とにもかくにも自分の演技に自分で酔っているのは間違いなくて。
《……長秀ったら最後の最後までこの場面、拒否ってたのよ……!》
 嬉々とした意地悪げな綾子の思念波に直江も色部も、だろうな、と心の中で頷いていた。
 千秋は姫の一人の手を取った。
『どうかお目覚めてください』
 ゆっくりと千秋の少女とも見て取れる鮮やかな唇が姫の手の甲に触れた。
 これは考えたな、と色部と直江は感心した。
 キスシーンをキスなしでキスしているように観せることは可能だが、やはり嘘臭いし、それになにより後々キスを望んでいたクラスメイト(特に姫を演じた女子)の恨みが恐いものである。
 それになにより――、
『――姫』
 呟くように、けれど劇なので音量大で声を張り上げ千秋は姫に甘い視線をやった。すると、案の定姫の顔から火が吹かれた。
《……なーにが「ガラスの王子様」よ!? ただのエロ親父じゃない……!!》
 綾子の思念波に思わず我に返らされた二人である。
 それを言ったらお仕舞いである。
『私が助けねばならない姫がまだおります。少々お待ちください』
 こっくりと、姫その一が頷けば、千秋はふわりと笑んで他の姫君へと歩み寄り最初の姫にしたことを繰り返して行く。それはどれも本当に絵になって。……フラッシュの嵐であった。
 そんなこんなで千秋は全員の姫君を眠りから起こすと舞台中央、姫君たちが並ぶ前に立った。
 一拍の緊張、それは観客から視線をもらうためにある。
 そして、少年は――王子は愛らしく微笑んだ。
『姫君たちに幸あらんことを――!』
 観客に向かって王子らしいお辞儀をする千秋に対して拍手が湧き上がる。姫君たちも遅ればせながらお辞儀をすれば、緞帳が引かれ始めた。
「…………」
「…………」
 直江と色部は再び顔を見合わせた。今までにないほどの大きな拍手の中で、どちらからともなく苦い笑みが漏れた。
 閉じる緞帳、その隙間にもたげる頭。垣間見せた表情は絵に描いたような愛らしいスマイル。
 その作り笑顔に、
《ったく、どうしてあんなのにみーんな引っかかるのかしらね……!》
「……色部さん」
「なんだ……直江」
「長秀は――……」

 ――キャラ変えましたか……?

「…………」
 愛らしい少年――そんな被り物を被ることを厭わないなんてあの男らしいと言えばそうなのかもしれないが。
 如何ともし難い表情をして色部は直江にこう答えた。
「――才能は、あったのだろうな」


 ――end.


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