2007 |
11,24 |
«500円玉»
くるくるっと回って降ってきた硬貨をオレは見事片手でキャッチした。
鈍い光を発したその大きめの硬貨はどれだけの人を経由して、回り回ってここまで辿り着いたのだろうか。
まー、そんなセンチメンタルなことなどどーでもいいのだ。
この手のひらの中にあるこれがオレのエネルギー源に化けることが大切なのだ。
(肉まん二個……いや、最大四個は買える……)
その五百円玉を握りしめてオレはコンビニの入り口の前に意気揚々とやってきていた。
食べたいものが食べられる喜び――……。
「肉まんください」
「おいくつですか?」
「四ー……」
………つ。
と、言おうとしてオレは固まった。
肉まんがいっぱい入ったガラスケースの脇に……。
「肉まん二個とピザまん一個と――」
――これください。
店員はにっこり笑ってガラスケースの中の肉まん類を取り出しにかかった。
オレはと言うと、なんだか微妙に落ち着きを失って、自分で会計に持ち込んだ代物をしげしげと見つめた。
アイツはこれを喜んでくれるだろうか。
これを買って戻ってくるなんてアイツは予想しているだろうか。
あの憎たらしい口はどのように動くか興味深かった。
呆れた顔でコインを投げてよこしたアイツ。
どう考えたってアイツはオレをガキだと考えている……!!
そんなアイツの鼻をこれ一つで何故か証せるような気がしてオレはにんまりと知らず笑みを作っていた。
2007 |
11,18 |
«冬の一コマ»
空を見上げた。
知ってはいるが、空は何処までも青い。
乳白色の、夏とは違う青さに俺は、瞳を細めた。
――冬が、近い。
いや、もう既に遠い昔なら冬と言われていただろう、十一月だ。
「おい、千秋」
「…………」
なんだよ、と俺は不機嫌な顔のまま、奴へと振り向いた。
想像通りの間抜けな面をさらしているコイツに腹が立たない訳がない。
「千秋」
呼ばれるだけで腹が立つ。
けど、これぐらいで腹なんて立っていたら、こんな奴と長い付き合いなんてできやしない。
「……なんだよ」
奴は自分の腕をさすって、俺から視線をはずしやがった。
(……自分から呼んだ癖して)
なのに、ちらっと上目遣いでこちらをみた奴は俺の気もしらないで、こんなことを言う。
「――寒くないか……?」
寒いに決まってんだろう。冬なんだから……バカ虎。
そう、いつもなら例年、この背中には大きなケダモノの背が覆い被さっているから、寒くはないのだろう。
だけど、そのケダモノはここにはいない。
俺とコイツの関係は――。
答えの出ている問いが思考を駆け巡る時、どうしても無意識に縦皺が寄ってしまう俺だったりする。
「なぁ、千秋」
口を尖らして、俺の名前を呼ぶ大将は本当にガキだ。
また、ちらりと奴はこちらを窺った。
このままだと埒があかないのは知っている。
だけど、天の邪鬼な俺はそう簡単に奴の意図に乗りたくはないのだ。
「千秋、なぁ千秋! 千秋ったらッ」
奴は業を煮やして、ぶっきらぼうに俺の名を連呼しだした。
本当に……今生のコイツは子供だ……。
けど、こうすれば俺が折れるって知っているのだから質が悪い。
「あー!! うるせぇ!! なんだよ!? 冬は寒いのは当たり前だろがッ!!」
「冬と言ったら肉まんだろ!?」
ん?
今、コイツ何を言った。
そうだった。今生のコイツは確かに今までのコイツではあっても、思いも寄らない現代ナイズをされているのを忘れていた。そして、案外もなにもコイツは普通時において、それほどケダモノを必要としていることもないことも……独りストイックになりかけていた俺は忘れていた。
「てめぇ……」
「悪ぃ、金がねぇ」
……あぁ、そうかい。
そんな真っ向から言われちまうと、今回のコイツの家庭環境に情が湧いちまうじゃねぇか。
ち、しかたねぇか。
「ほらよ」
この借りはでけぇぞ、と言って俺は親指で一枚の硬貨を飛ばした。
「悪ぃ、今度返す!!」
今の今まで俺を睨みつけていた奴は五百円玉をキャッチすると、本当に無邪気に嬉しそうに笑った。そうして俺の五百円玉を強く握りしめた大将はコンビニにへとダッシュで駆けていった。
2004 |
12,11 |
背中が泡立つ感覚など久しい……。
「つれないではないか。私とそなたの仲であろう?」
誰と誰の仲だって!?
思わず目をひん剥いて振り替えってしまった千秋の視線には――。
にやり
ウッと詰まる前戯をすっ飛ばして思考が状況を拒んだのは言うまでもない。ぐるりと首を回れ右して硬直させた耳元に……。
「なあ、安田~」
「……」
ひっ←心の叫び
こいつの情報網に引っ掛かってしまえば……その後の運命なんて……。
千秋は天を仰いだ。
鵺が鴉に混じって大量に舞っていて。
「……」
結局、逃れられないのだ。
2004 |
12,07 |
«なぬッ »
千秋は手に持つ便箋に爪を食い込ませて、わなわなと握り潰した。
「――何故あいつが知っている……?」
てやんでぃとばかりに投げ着けた紙ゴミは今一その軽さでびしっと落ちはしない。
「何故あいつが……」
軒猿たちの包囲網をかいくぐり、夜叉衆と連絡をたって数十年、誰も俺の居所を探りあてられなかったのに……。
何故ッこいつがッ
ぽてりと落ちた屑ゴミを憤怒の形相で凝視した千秋は勿論、わなわなとしている。
だが、いつまでもこのままでいられない。
最悪は向こうからやってくる。
高坂がやってくる!
2004 |
10,27 |
«レスキュー»
「しかし、景虎様ッ」
高耶は答えない。ただ眉を引き絞るだけだ。
「直江、その辺にしてやれよ」
「…千秋」
顔を泥で汚した千秋。
「俺達はまだまだいける」
見上げる高耶。見下ろす千秋。
「おまえの好きなように命令しろよ」
――大将。
「千秋…」
ニヤリと歪む笑みは余裕。その背後に静かに佇む隊員。千秋と同じ意志を宿して。
(あ――)
やがて高耶の強張った表情は氷解して、瞳には透撤な意志が宿り、こくりと領いて見せた。
「皆!疲れてるだろうが、後少し!後少し頑張ってくれ!」
――頼む。おまえ達が希望なんだ。
たった一つの奇跡を信じて、幼き生命の灯火を消さないために。