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だ、駄文

二次創作のくだらない駄文置き場
2024
11,27

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2007
08,01

   『前夜』


「ったく、あいつら何やってんだ……」
 世闇は街灯に照らされることなく、月明かりにほんのりと照らされるのみ。
 静寂を破るのは、生ぬるい叫び声と風が運ぶ嬌声。
 少年は目の前に広がる校庭とその先にある校舎を睨みつけた。
 ――深夜零時、魚津城址跡の小学校は、無数の霊体が飛び交っていた。
 普通なら気分が悪くなりその敷地内に入ることも躊躇われるような悪劣な霊瘴の中に少年は平然と歩を進める。
「…………」
 そして、校庭の真ん中に辿りつくと少年は立ち止まった。
「……好き放題にさせやがって」
 少年は押し殺した物言いで、しかし、苛立たしさを隠すことなく言葉を紡いだ。
 ここは、魚津城址跡、つまり、上杉の敷地だった場所だ。……それなのに、この飛び交う怨霊のごとき霊体はどこのものか。
 少年・千秋修平こと安田長秀は憮然と周囲を睨み据えた。
「……ッか野郎」
 どいつもこいつも馬鹿野郎だ……!
 千秋は低く真言で霊たちを縛るとともに印を結んだ。
 朗々とした響き。
 蠢く霊体たちが断末魔の叫びを上げる。
 けれど、容赦はしない。
 なぜなら、
(ココはおまえたちの居ていい場所じゃない!)
 白光が闇を包む。手のひらの上で開放される《力》は校舎を照らして全てを飲み込んでいく。
 吹き上がる風に前髪を揺らし、千秋は出せうる限りの《力》を開放した。
「……ったく」
 再び闇が訪れてきたころ千秋は額に浮いた汗を手の甲で拭い、清浄な空気を吸い込んだ。
《…………》
「おまえら何考えてんだよ……」
 ――お前たちは仮にもこの土地の守護霊やってんじゃないのかよ……?
《…………》
「……ま、俺には関係ないことだけどな」
 皮肉気に口端を吊り上げ、あの悪霊たちをのさばらせることを許した守護霊たちを見た。
 すると、やはり思う。自分はこいつらと同じ感覚ではないのだと。
《……ェ……ト……ラ、……サ、マ》
 千秋は目を細めた。
 最期の最期まで大将たる景勝を信じて自害した武将たち。だから、その大将に対する思い入れは格別なのだろうが――。
「……だったら」
 ――忠義を尽くせよ。
「嘆くまえにやることがあるだろう」
 アイツが戻ってきたときのためにも、アイツを安心させるためにも。
 だけど、そう言っておきながら千秋自身笑いが込み上げてくるのを感じていた。
 なぜにこの土地に千秋が踏み入れたのかを思えば、そんなこと説教たれられるご身分ではない。
 もう上杉となんて関わらない、と決めてどれだけの時が過ぎただろうか。
 今日ここに千秋がいるのは、単なる気紛れだ。忠誠とか大義とかそんなたいそうなものからではない。
 早々に忠義なんてものは捨て、気ままに生きている。
 忠義なんて甚だムカつくだけだ。
 それが千秋が四百年で得た解答えだ。
 だけど、だからと言ってそれに固執しなければ生きていけない魂を否定する気はない。
《…………》
 怨めしく見つめてくる霊体に対して、千秋は目元を緩めた。そして、手を合わせる。

 ――覚醒(めざ)めるのは、今じゃなくていい、と。







「色部さん……!」
「……ああ」
 幼い綾子を連れて色部が魚津城址跡の小学校を訪れたのは、千秋が訪れた次の日だった。
 思わず振り返る綾子に対して色部は頷き、この綺麗さっぱりとした空間を眩しく見やった。
「――……これって……」
 あまりにさっぱりしていた空間には確かに見知った空気が存在していた。
「……ニアミスだったな」
 存在するのは、約三十年行方知れずになっている仲間の一人――の残留念気だ。
 間違えようのない《気》に対して二人はしばらく言葉もなくその場に佇んでいた。
「――……バカ」
 沈黙を破ったのは綾子の罵りだった。
 その一言にどんな想いが込められているかは痛いほど分かる色部は返事の代わりに俯く彼女の頭を撫でた。
 白衣女からどうにも収拾がつかないと連絡を受けたのは一週間前の出来事で、予定がつかずこの地に訪れるのが今日になってしまったが。
「……やはり、アイツも捜さなくてはな」
「まったく無事なら無事で連絡よこしなさいよ……!」
 ほんと勝手な奴、と唇を尖らせるが、目元はほんのりと濡れて怒っていることを否定していた。
 彼が行方知れずになってから約三十年が景虎と同じように経っていた。この世に残っているか、残っていないか、行方はようとして知れなかったが、これで彼がこの世に残り、生きていることが確認できたことになる。よくぞあの激動の戦場の中で生き残ったというべきか。
《――勝長様……》
「……藤か」
「長秀は!?」
 はっと顔を上げた綾子は開口一番尋ねていた。
《…………》
 けれど、白衣を着た美しい霊体はその場に佇むだけで綾子の問いに答えようとはしない。
「藤」
 ――長秀に会ったのか?
 色部もまた努めて冷静に問うた。
 彼は以前から上杉に愛想を尽かせていたし、この戦いが終わったら抜けるとまで明言していたのだ。今の今まで連絡がなかったのが彼の意志なのだろう。だから、彼女の口から何を聞かされたとしても驚かないだけの心積もりはある。
《……――会うというほどの邂逅ではございませぬ》
「では?」
《私がここに参りました時には既に事は終わっておりました》
「会っていないということか……」
《……すぐさま捜したのですが、長秀様らしきお人はまったく見当たらず》
 藤もなんとも情けないような表情を浮かべ、頭を下げた。 
「そうか」
 そうとしか色部は答えようがなかった。どうやら長秀がこの敷地内に訪れたのはちょうど藤が町全体の鎮護のために出ていたときだった。普段なら敷地外の一般人の暮らす土地に滅多に出ることはないが、今回、一般人にまで影響が出始めて抜き差しならない事態に陥り、影響を極力ださないために色部たちを待つ一週間は鎮魂の鐘を鳴らし歩いていたのである。
《……ただ、今思えば――》
「なんだ?」
《――長秀様の宿体は……》
 ――幼子かもしれませぬ。
「…………」
「…………うそ」
 今まで黙って聞いていた綾子がぼそりと呟いた。
 いろいろな意味で信じられないのだろう。なにせあの安田長秀ときたら好んで成人換生を繰り返し続けてきたのだ。その長秀がまさか子供に換生するなんてそうは考えられないのが普通だ。
「その根拠は……?」
《――丑三つ時に町を歩いていた子供を見かけた白衣女がおりまする》
 見かけたのが霊査能力の高い藤であれば、その子供が安田長秀であったか判っただろうが、
「それだけでは決め付けられないだろう」
《はい。ただ――》
 藤は懐かしむように微笑を浮かべ、
《――長秀様らしいと思うのです》
 彼らしい?
《滅多に見ぬような美少年の様相だったそうです》
 それも少女のような容貌であったと聞いております、と藤はくすくすと笑い出した。
「…………」
「…………」
 色部と綾子は顔を見合わせた。
 それが本当なら――。
「――つまるところ」
「人生楽しんでんのね……アイツは」
 ――本当に彼らしいと思う。どんなときも人生エンジョイがモットーのようなところがある人間だ。
「あーあ、心配しちゃって損したわよ」
《ふふ……長秀様だとよろしいですね。晴家様》
「見つかったら、うんと働かせてやるんだから!」
 まったく、と言って腰に手をあてる綾子は、さっきまでの切実さはなく膨れっ面に晴家らしい笑みを浮かべていた。
「ともかくこれで人数が揃うな」
 景虎の不在のうえ、さらに直江も使い物にならず、綾子と色部での二人で切り盛りしているが、現状綾子が子供であるので実質的には色部一人で取り仕切っている状況になるのだ。相手が抜ける云々言っていたとして聞く耳持つ気はない。だから、消息を断たれているともいうのだが、見つけてしまえば抜けさせるなどそう簡単にさせはしないのは当然である。
 だが、しかし、すぐさま捜索網をかけたが、やはり安田長秀の消息をつかむことはできなかった。
 なぜなら、安田長秀こと千秋修平の家族は富山から新天地・東京へと次の日には旅立ったからである。加えて千秋自身がその《力》の使いすぎで打っ倒れて、新天地の移動途中の見知らぬ土地で即日入院となったのも一因である。
 再び安田長秀と彼らが対面するのは、少年が退院して新たな自宅に足を踏み入れたその時となる。


 ――end.

 

 

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2007
06,03

     『王子という名の下に』 

 貴方がいない世界で貴方の事をいつも考えていた。一分、一秒たりともあなたを考えていない日はなかった。
 貴方のことを考えすぎて換生を無駄にする自傷行為をやってしまうこともあった。貴方がいない世界に意味がない。存在を消してしまいたくて。死んでもその先に無の世界があるわけではないと知っておきながら、あなたがもっとも嫌う行為と知りながら、自分を傷つける行為は止められなかった。貴方という存在は俺の前に常にあって俺を押し潰す存在であったけれど、貴方の存在がない現在、貴方が俺にどれだけの存在理由を与えていたかを知った。貴方がいない世界では俺は窒息死する。貴方のいない世界でもがき苦しみながら死ぬぐらいなら、いっそ一思いに死に絶えようと――……。
 だけど、
 天はそれを許さない。もがき苦しんで死ねと啓示する。俺一人だけの問題ならば……。こんな俺にどうしてこんな優しい家族を与えた? どうして人間はそう簡単に人間を見限らない……? 必死で俺の自傷行為を止める家族。現実に意識が浮上すれば、愛してくれる皆が憂う目で俺を見ていて――、
 ……申し訳ない気持ちで項垂れるしかなかった。
 家族にも貴方にも申し訳なくて胸が詰まる。
 貴方が愛した存在が目の前に家族として存在して。その存在の優しさに、己の贖罪に苛まれて俺はどんどんと動けなくなる。
 あなたが存在しない世界なんて俺はいらない。
 そう思うのに――、

 ――好きにしろよ。

 それは突然、俺の前に出現した。
 貴方以外で今更挑発されるなんて考えてもみなかった。
 けれど、その存在が俺のなけなしのプライドに火を点けた。もしかしなくともその人物に挑発の意図はなかったかもしれないが、その時なぜか負けられないと思った。他人の生き様に口出しするようなマネをする人間ではないと知っていながら、俺の本能はその存在に警鐘を打ち鳴らした。
 うつむき加減の角度は眼鏡にうまく光を反射させて、その瞳を隠している――能面な表情というのだろう。
 だが、能面な表情は見る人の感情によって異なる。見る人の感情を反映すると言っても過言ではない。
 現に彼は、その一言だけで、ただ立っているだけだというのに。
 呆れるほどに俺の感情を揺さぶった。
 指図されるのを嫌う彼は仲間とは馴れ合わず、本当にあきれるほどに好き勝手に生きていたと思う。仲間であるはずなのに、深く係わらないスタンスをとっていて――……それでも、あの人は――。
 解っている。俺の中で荒れ狂う感情の正体なんて。怒りをぶつける矛先が間違っていることなんて。それがアイツと俺の力の差だということも。俺がライバル視していてもアイツがまったくそのことを意に介していないことも。
 だけど、止めないと言いつつ、その唇に乗せる嘲笑はなんだ?
 たとえ彼が己の感情を移す鏡であったとしても、明らかに彼は嘲笑っていた。その泰然とした瞳とともに――。
 お前に何が解る! と詰ってやりたかった。けれど、それができなかったのは何を言ってもどうやっても、言い訳にしかならないと解っていたからだ。彼が正しい。きっと何かを発すれば一の言葉に対して十の言葉が返ってくることだろう。
 目の前の脅威は高みから俺を見下ろしている。静かにただこちらを見ているのだ。
 その存在は衝動的に自傷行為に走ろうとした俺には眩しかった。
 良く貴方は彼を叱っていたけど、ふとした瞬間、とても眩しく彼を見ていましたよね……。
 その時、俺がどんな心地でいたか知っていますか。
 どれだけ彼を羨んだか、嫉妬したか解りますか。
 何にも囚われない自由を手にしたその姿を貴方に見せたくなかった。
 その生きる巧さに目を奪われる必要なんてないと心中で何度思ったか。
 貴方の視線を奪うその存在自体がどれだけ憎らしかったか。
 けれど、今なら貴方がその時思っていたことがよく分かる。
 どうしてあれだけ貴方が憧憬にも近く、憧れて眺めていたのかを。
 世界に窒息しそうだったのですね。あなたも。今の俺のように。
 だから、あんなにも貴方は彼を眩しく思ったのですね。
 今、俺も貴方と同じようにそうだから――。
 だから、
 だから、現在なら理解できる。
 極彩色のカーペットを当然とばかりに踏みつけてに存在る姿は鮮やかで俺も目を奪われたから――。




 そして、世界は彼中心に動き出す。
 いない貴方の穴を彼が埋めているわけでもないのに、誰もが彼へと視線をやって安堵の息を漏らす。
 まだ希望の光は捨てなくてもいい、とそっと胸を撫で下ろしているようでもあった。そこに日常があるのだと確認をして、気持ちを落ち着かせようとしているのか。少なくとも直江にはそう思えた。
 貴方がいなくても日常はやってきて四季は巡るのだと確認して、絶望の中で希望を繋いで……。
 本人が望まなくとも、否が応でも世界は彼中心で動き出していた。貴方のいない苦しい時間を誰もが彼に希望を見て望んでいる。
 だが、しかし、かくいう当の本人はと言うと――、
「な、なんだ……?」
 ――意を解してないようである。もしくは敢えて無視しているのかもしれない。きっとそれが彼の強みなのかもしれない。
 ……これは……。
 色部はビデオで撮ることも忘れ、呆然と千秋が王子を演じる劇「眠り姫」を眺めていた。隣に座る直江も色部と同じように呆然とその劇を見ていた。
 扮する眠り姫が――五人、いた。……この状況をどう受け取っていいのか。
 昔からの人間である色部は勿論、小学校にまともに通わなかった今時のご時勢に疎い直江にも理解しがたい事態が繰り広げられていた。
 「眠り姫」という童話は、十五歳になると紡ぎ針に指を刺して死んでしまう呪いをかけられて姫が百年の眠りと引き換えに死を回避し、百年後、王子の口付けで目が覚めるという物語である。眠る姫が五人も六人もいる物語ではない。
 一体どういうわけか、すでに童話の世界から抜け出てしまったこの演劇は何処に向かっていく気なのだろうか……?
《……なに二人ともぼけっとしてるのよ》
 あきれていることを隠しもしない綾子の思念波が直江と色部の脳に響いた。
《……綾子》
 驚くなというほうが無理であると直江はこれから登場してくるだろう少年を思い出して、頬がぴくりと揺れる。
《……このご時世、桃から生まれてくるのはたくさんの桃太郎だなんてことはよくある話なのよ》
《しかし、お前の劇では、姫が二人も三人もいなかっただろう!?》
《ふふ……私の魅力にヤラれたのは一人や二人じゃないわよ~?》
 綾子のクラスがやった劇は「かぐや姫」。かぐや姫に求婚を求める殿方に立候補が大勢出ても困ることはなかった。だから、まともな演劇になったし、綾子の美貌にて他に立候補者を出さず成功の元になったのだ。
 同じく千秋の姉・菜摘のクラスも「シンデレラ」をやったが、菜摘以外に主役をやりたい子が現れず、それが成功のもっととなった。いかんせん千秋のクラスのアイドルは少女ではなく、少年だった。
「どうするつもりなんだ……? 長秀は……」
 改めて直江は舞台へと視線をやった。
 今日は明日の調伏旅行のためにわざわざ千秋たちの住む地域へとやってきていたのだ。
『おお! 私の麗しの姫はいずこに眠る!?』
 堂々と登場した千秋は、小柄ながらも王子な格好が良く似合っていた。
『ここに眠っていたのですね。オーロラ姫!』
 大仰に身振り手振りをして少し下手な役者を演じていることが長年の付き合いの色部や直江にはよく分かって、顔を見合わせた。
『しかし、眠り姫のなんて多きことか!』
 満更でもない千秋の表情……。
 人生楽しんでます! とばかりのその顔に直江と色部は緊張と脱力を同時に味わった。
 眠る姫君たちもおおよそ血色が良く、王子の接吻を待ちわびていて嬉々としたオーラが充満していた。
『どの姫もお美しい!』
「…………」
「…………」
 勿論、その台詞は演技のうちであり、本気で千秋が思っているかなんて千秋のみぞ知る……が、とにもかくにも自分の演技に自分で酔っているのは間違いなくて。
《……長秀ったら最後の最後までこの場面、拒否ってたのよ……!》
 嬉々とした意地悪げな綾子の思念波に直江も色部も、だろうな、と心の中で頷いていた。
 千秋は姫の一人の手を取った。
『どうかお目覚めてください』
 ゆっくりと千秋の少女とも見て取れる鮮やかな唇が姫の手の甲に触れた。
 これは考えたな、と色部と直江は感心した。
 キスシーンをキスなしでキスしているように観せることは可能だが、やはり嘘臭いし、それになにより後々キスを望んでいたクラスメイト(特に姫を演じた女子)の恨みが恐いものである。
 それになにより――、
『――姫』
 呟くように、けれど劇なので音量大で声を張り上げ千秋は姫に甘い視線をやった。すると、案の定姫の顔から火が吹かれた。
《……なーにが「ガラスの王子様」よ!? ただのエロ親父じゃない……!!》
 綾子の思念波に思わず我に返らされた二人である。
 それを言ったらお仕舞いである。
『私が助けねばならない姫がまだおります。少々お待ちください』
 こっくりと、姫その一が頷けば、千秋はふわりと笑んで他の姫君へと歩み寄り最初の姫にしたことを繰り返して行く。それはどれも本当に絵になって。……フラッシュの嵐であった。
 そんなこんなで千秋は全員の姫君を眠りから起こすと舞台中央、姫君たちが並ぶ前に立った。
 一拍の緊張、それは観客から視線をもらうためにある。
 そして、少年は――王子は愛らしく微笑んだ。
『姫君たちに幸あらんことを――!』
 観客に向かって王子らしいお辞儀をする千秋に対して拍手が湧き上がる。姫君たちも遅ればせながらお辞儀をすれば、緞帳が引かれ始めた。
「…………」
「…………」
 直江と色部は再び顔を見合わせた。今までにないほどの大きな拍手の中で、どちらからともなく苦い笑みが漏れた。
 閉じる緞帳、その隙間にもたげる頭。垣間見せた表情は絵に描いたような愛らしいスマイル。
 その作り笑顔に、
《ったく、どうしてあんなのにみーんな引っかかるのかしらね……!》
「……色部さん」
「なんだ……直江」
「長秀は――……」

 ――キャラ変えましたか……?

「…………」
 愛らしい少年――そんな被り物を被ることを厭わないなんてあの男らしいと言えばそうなのかもしれないが。
 如何ともし難い表情をして色部は直江にこう答えた。
「――才能は、あったのだろうな」


 ――end.


2007
05,31

   『戌年でござりまする』


「あ? 今なんつった……?」
 千秋は肩眉を跳ね上げた。
「だからー」
「…………」
 姉・菜摘は満面の笑みで答えた。
「犬飼うの」
「…………」
 要約をすると、退院祝いに犬を飼うことに決まったらしい。というか、前々から菜摘が飼いたいとせがんでいたのだが……とうとう親が折れたらしい。まぁ……そういうことだ。だから、退院祝いというのは単なる名目である。別に飼う飼わないどちらにしても千秋自身には異論はなかった。眉を跳ね上げたのは、あまりに突然だったからだ。
 そして、うふふと浮かれて笑う彼女の中では、既に決定事項(?)とみなされて飼うべき犬は二頭に絞られているようだった。
「で、どっちがいい?」
 目の前に二枚の写真が差し出されて、
「…………」
 飼うことに、……異論は、ないけどよ……。
「…………」
 少しの間の(かなりの)沈黙の後、千秋ははーっと息を吐き出した。
 どうしてこの二頭に決まったのか……?
 指し示された選択肢は――、
(これしかないのかよ!?)
 生後間もないだろう二頭の子犬の写真。
 普通ならどちらも甲乙つけがたくかわいいと思うのだろう。けど、千秋はげんなりと肩を落とした。
 しかし、どちらがマシかなんて……選択肢がないならないなりに即答できるほど千秋の中では決まっていた。


「というわけでこっちに決まったの」
 やっぱり犬って言ったら柴犬なのかなー? と嬉しそうに語る菜摘に対して綾子は引きつった笑みを浮かべていた。菜摘が千秋に指し示した選択肢は、真っ黒い理知的なドーベルマンと毛の短いが丸まった尻尾が愛らしい豆柴(柴犬)。
 はは、そりゃーその選択肢じゃ、長秀じゃなくても柴犬を選ぶわよ、と思いつつも綾子が気になるのは――、
「こら、バカ虎! 待てっつってんだろ!?」
 ちらりとその声のほうに綾子が視線をやれば、怒っているのにさも嬉しそうに犬を叱る千秋の姿があった。
「修平ったら絶対黒い犬は嫌だって」
「…………」
「なんでだろ?」
 その問いも答えは決まっているだろう。どう考えてもアレしか原因はないだろう。黒い犬といったらというか、ドーベルマンなんてこの間自殺を謀りかけたアレを連想させて仕方ないではないか。あんな面倒なものを飼いたいなんて奇特なことを考えるのは、この世界中に知っている限り一人しか綾子は知らない。
(…………)
「おまえはアホか!」
 言われている犬はまだまだ小さく乳からやっと離れたぐらいで、千秋の手の内にある餌を見上げだらだらと涎を垂らしている。
「修平ったらね、あの子に芸を教える気満々っぽいのよねー」
「…………」
 そうなんだ、とますます微妙な笑みを受けべる綾子は、千秋の魂胆がよーく理解できた。
「よし! 喰ってよし! バカ虎!」
 そういう千秋は本当に嬉しそうだ。
 傍からみれば、その光景は子犬をさも可愛がっているように見える。まさにそう見えるが……、
「たーんと食べろよー、この後は特訓だからなー!」
「…………」
 あれはどうみても――、
(…………はは……)
 バカ虎、バカ虎と言って――、
(――ストレス発散、よね……)
 どれについての発散かは、この際問わないことにしておこう。
「ねぇ、菜っちゃん」
「何?」
「あの犬の名前は? バカ虎じゃないわよねぇ?」
 千秋とよく似た顔立ちではあるが、やはり女の子である分おっとりとした顔立ちの菜摘は瞬きをしただけで人形のように可愛らしい。さすが小学校で綾子とツインプリンセスと評されるだけある美貌の持ち主だ。そして、
「うん! マメ虎っていうの」
 牡丹の華が綻ぶかのような笑顔に綾子は豪快に肺に息を吸い込んだ。
 うん、そうでしょう。そうとも! でもね。柴犬って品種はあんまり頭よくないのよ? だからね、早いうちにアレの所業をやめさせないと――、
「こら! バカ虎ッ! 吐くんじゃねー!!」
 あの名前に落ち着いちゃうわよ?
 それでもいいの? 菜っちゃん? とはその場で言い出せなかった……綾子である。


 ――end.

2007
05,26

12弾~15弾は以前、徒然日記のほうでアップしたものです。
以降、約2話をアップする予定です。

嫁入り先のニケさんが回復し次第、こちらは削除致します。

内容はちび千秋と愉快な仲間達です~。

2007
05,24

   『千秋(せんしゅう)に映える笑み』


 何故ここに存在るのだろうか。
 彼がいないというのに……。
 どうして俺は――ッ。
 それは衝動的なものだった。
 存在を消滅してしまいたいという慟哭からの――、
 燃ゆる紅葉に山吹く銀杏。
 極彩色に彩られる季節に添え花にもならない行為。

 ――好きにすればいい。

「!」
 直江はハッと顔を上げた。
 脳裏に閃いた人影に我に返らされて――、
「…………」
 直江はゆっくりと頭をめぐらした。
 広縁、軒先と続くさきに、
「俺は止めねーよ」
「…………」
 ――一人の少年。
 もともと茶色いだろう髪は陽の光に透けて不思議な輝きを放ち、白い肌は四季を彩る紅葉や銀杏によく映えて、容貌は少年と言うより少女に近い感じだった。だが、その眼鏡の奥にある二つの眸は、
「やりたきゃやれよ」
 鋭い刃物のようだった。
「――――……」
 直江の唇がわずかに震える。
 少年はじっと直江を見ていた。何するともなくただじっと――。
 きゅっと直江はと唇を引き結び、両拳を握り締めた。
「最後まで見ててやるからよ」
 少年が余程少年らしくない笑みを、その愛らしい唇を歪めてつくる。
 輝く髪が身に入(し)む冷ややかな風に揺らめいて、少年は瞳を細める。

 それが今生での――、直江信綱と安田長秀の初顔合わせだった。



「はじめまして。千秋修平と言います」
 にっこりと子供らしいちょっと幼めかというぐらいの満面の笑みを浮かべて名乗った。
 その発言に気まずくそっぽを向く人や飲みかけたお茶を気管に詰まらせた人、引きつった笑みを浮かべた人……千秋の周りの反応は様々だ。しかし、このような反応をした人々は千秋の笑顔が似非であることを知っている者たちである。
 そして、そうでない人たちと言えば、
「千秋くんか。元気がいいな」
 その子供らしさに微笑ましく思い、
「まーほんと! 小さいのにしっかりしているのねぇ」
 その礼儀正しさに感心し、
「ねーねー千秋くんは今何歳?」
 ……その整った美少年の顔に騙される。
 そして、少年はにっこりと笑って九歳だと答えれば、直江の姉・橘冴子はキャーと叫ばん勢いで目を輝かせた。
《…………》
《…………》
《…………》
「ぼく何が好きなの?」
「ぼく好き嫌いなんてないよ! ぼくなんでも食べる!」
 おばさんが作る料理美味しそう! なんてリップサービスも込めてぱっと花が咲くように笑顔を少年は作った。
「まー偉いわねぇ! うちの義明も好き嫌いはなかったんだけど美味しくなそうに食べるから……」
 本当に困ったのよ、と感慨深げに頬に手を置く直江の母、橘春枝の仕草からすっかり千秋が可愛らしい良い子と認識してしまっていることは明らかだった。
《…………》
《…………》
《…………》
「千秋くん! 学校でモテるでしょう!?」
 少年はにっこり微笑む。
「そうよねぇ、これだけ可愛ければねぇ」
(母さん……)
 存外に直江の幼き頃が可愛くなかったと言われているようで微妙だが、実際、昔も(今も?)暗い少年なので母親の嘆きになにも口出せない直江であった。
 しかし、この目の前の生物は何なんだ……!?
 直江は咳き込みから立ち直り、千秋を化け物を見るかのように凝然と見た。しかし、勿論、千秋の表情は崩れない。それどころか―――、
「義明お兄ちゃん?」
 どうかしたの? と小首を傾げて直江に笑みを向けた。
《……な、長秀……》
 ぞわっと背筋に悪寒が走って思わず思念波で千秋の原名を呼んだ直江である。
「お兄ちゃん?」
「…………ッ」
 返答は――どうかしたの? とばかりに思念波ではなくきょとんとした可愛らしい笑顔で返されて、ひくっと直江の頬が引き攣れたのは言うまでもない。
「……い、いや……」
 目の前の少年は何なんだ!? こんな安田長秀は知らないッ!! いつも暴君のような言動と好き放題やっている彼とは似ても似つかず――だとしても、その猫の被り加減は……。
《あー……直江――》
《……悪いな》
 助け舟ともなんとも言えない思念波に少年からその脇を固める二人へと視線をやった。
《いろいろあってな……かなり……機嫌が悪いんだ》
《ちょっとねぇ……無理させちゃったからねぇ》
 と、二人が二人思念波を送ってくるには来るが直江と目を合わせようとはしない。仕方なく直江は少年へと再び視線を戻したが――、
「…………ッ」
 何をしたんですか!? 二人ともッ!!
「義明?」
 直江に呼びかけたのは、直江の父不在のためその場に同席した二番目の兄・橘義弘だ。いつもとは違うそわそわしている弟を怪訝に思ったのだろう。
「い、いえなんでもありません……」
 そうとしか答えようがない。だが、直江は忘れている。安田長秀という男、初対面の人物にはとことん礼儀正しく時として慇懃無礼な印象を与えることを。
 千秋はまたふわりと微笑んだ。
「!」
 ……だとしても、直江の動揺はさほど変わらないかもしれない。
 なぜなら、どちらにせよ直江にとってその少年の笑みはこれから直江自身に災難が降りかかるだろうことを嫌でも連想させ、やはり心臓に悪いだろうことは変わりないからである。



 ――一方、千秋はというと、
 やはり、浮かべる笑顔とは裏腹に色部や綾子の読みどおり凄まじく不機嫌であった――というか、不機嫌を通り越して……笑みを浮かべていた。
 昨日は不意打ちのように退院、強制的に運動会に参加させられ、運動会の振り替え休日である今日は……寝ている間に車に乗せられたらしく、眠りから覚めた時には高速道路を走っている真っ只中だった。
 で、体の弱い千秋は、車酔いを起こし直江の実家である光厳寺にたどり着くまで何度か吐いていた。
 だというのに挙句、辿りついてみれば、馬鹿が自殺を謀ろうとしているではないか……。ぐったりとしている暇もありゃしない――……。
(いい加減にしやがれこの野郎……ッ!!)
 千秋でなくてもキレるだろう。
(なんでこの俺様が……)
 こんな目に遭わねばならない!? と千秋は心の中で憤りながらも、愛想良く橘家の人々の質問、疑問に答えていく。その最中――、
「義明お兄ちゃん?」
 千秋は可愛らしく小首を傾げてみせた。
(あん、呆然とこっち見てんじゃねーよ……)
「お兄ちゃん?」
(誰のせいで、宇都宮くんだりまで俺様が連れてこられたと思ってんだよ……! けっ)
 千秋は猫撫で声も上げそうなほどの勢いで大きな猫を被り、子供らしく無邪気に微笑む。
「い、いえなんでもありません……」
 というなら、もっとまともな顔しやがれ! と絶やさぬ笑みの下で千秋は口悪くなじっていたのは言うまでもない。

 ――end.

 

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